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仮名かきうみし子にそらまめをむかせけり  杉田久女

 季節は<そらまめ>で夏。今年小学校に上がったばかりの子だろうか。仮名の練習をしている。その年頃の子は、自分の部屋があっても、母親の近くで勉強したがるものだ。すぐに書き方読み方が教えてもらえるから。また、お母さんの姿が見えるだけで安心だから。
 今日はたくさん書いて飽きてしまった。もうはかが行かない。そんな子に、勉強はもうやめて、そら豆をむいてちょうだい、とザルごと子供のノートを広げていた卓袱台に乗せたのだろう。

 一年生くらいの子供のちいさな指が、大きなそら豆の皮をあばいて、あのふくよかな内側から豆を取り出す手つきが、何となく可愛い。その湿っぽさ柔らかさを表わすのに、ひらがな表記は効果を上げている。
 夕餉の支度をする母親と、おさらいをする子供の、夕方の一齣。何でもない日常の一景が、読む者の心にもやすらぎと懐かしさをもたらしてくれる。 <和子>



 七・七・五の変則的な句であるが、その内容と相俟っておもしろい効果を出している。「カナキウミシ」という部分はすなわち子供の手習いの如くバララけ、それをうけた中七下五は流れるような筆さばきに似る。
 子供のお習字に久女が流麗な朱筆を入れて見せたものの如く一句が構成されているのである。

  足袋つぐやノラともならず教師妻

の作者であるが、その子供たちへの愛情はひととおりではなかった。彼女自身、父の任地台北の小学校卒業後、姉についで東京女子師範学校付属のお茶水高等女学校に合格して話題を呼んだ。このことは久女の両親がいかに教育熱心であったかの証左であり、そういう久女であったから、貧しい生活の中でも出来るかぎりの教育を何くれと子供に与えていただろうことは推測に難くないのである。 <克巳>
   『杉田久女句集』所収。
by chi-in | 2006-06-23 00:16 | 夏の句
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