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蕗の薹喰べる空気を汚さずに    細見綾子



  《 ふきのとうたべるくうきをよごさずに 》



 季題は〈蕗の薹〉で春。「そら豆」「蕗煮る」「烏賊を喰ふ」「青菜」「大根煮る」「菊なます」等々、綾子の作品には食べ物の句がきわめて多い。

 空気を汚さないで食べる、ということは、食べた直後に口中に残るある種の爽涼感、さっぱりとした後味をさしていうのであろう。たとえば大蒜のようなものを食べた後は、こうはいかない。口中にいつまでも匂いが残り、吐く息もまた、あたりに特有の臭さを漂わせるということになる。

 それに対して蕗の薹は、独特の苦みと香りがあり、早春の賜物というべきであろう。食後のさわやかな印象は、「空気を汚さず」という実感につながる。   ( 克巳 )



 みそ汁に蕗の薹を刻んでぱっと散らすと、春の芳香が立つ。それを口にすると口中に香が残る。早春の空気を感じる食べ物だ。「空気を汚さずに」といっているが、新たな空気が匂い立つような感じさえする。

 ものを食べるという行為は、どこか動物めいていて、肉や魚を口にする場合は、こう美しく描けるものではない。野菜や果物にしても、一口で食べられないものは、かぶりついたり、むしゃぶりついたりするということになる。その点、蕗の薹などというものは、一口で口に収まり、しかも一度にひとつかそのかけらを口にするだけで、食べたという気がする。「空気を汚さずに」ということの中に、空気を乱さぬことまで含まれていよう。

 蕗の薹を刻むと、空気に触れた部分が見る見るうちに茶色に変色してゆく。蕗の薹は空気に触れてさえ汚れてしまう山菜、というのが私の印象だ。   ( 和子 )



 昭和37年作。句集『和語』所収。


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by chi-in | 2015-03-07 19:54 | 春の句
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