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ひらひらと月光降りぬ貝割菜      川端茅舎

 《 ひらひらとげっこうふりぬかいわれな 》


 
 季題は〈貝割菜〉で秋。大根や蕪が発芽して小さな葉がひらいた頃、ちょうど貝が口を開いたようなのでこの名がある。最近では「かいわれ」といって、この状態でことさら茎を伸ばしたものが薬味用に一年中水栽培されているが、この句は大根畑の景。

 「ひらひら」しているのは本当は貝割菜。しかし「月光浴びぬ」とありきたりに表現するのではなく、あたかも月光がひらひらと降るように表現している点がこの句のポイントである。否、表現上の操作ではなく、茅舎はひらひらと月光が降ると「観た」のだ。花鳥諷詠の真髄は、じっと眺め入る客観写生を通して、見えぬものをも感じ取り、十七音の器に独自の宇宙を具現することだ。こういう句を誦していると、そう思えてくる。   ( 和子 )



 「ひらひら」という擬態語を解くことが、この句の鑑賞の基本であろう。作者の視点の移動による微妙な変化により月光裡の貝割菜に、ひらひらという動きを見てとったのだと考える。それはまさに月光がひらひらと地上の貝割菜に降り注ぐごとくなのである。

 事実としては、この句、ガラス窓越しの所見という。貝割菜を「ひらひらと」と感じた第一印象が句想の核であるが、その印象を「月光降りぬ」と事実を述べるかたちで固定せしめたのである。天心の月と地上の微細なるものとの感応が茅舎の琴線に触れて生まれた一句。ラ音の多用が効果的。   ( 克巳 )



 昭和8年作。『華厳』所収。



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by chi-in | 2013-09-12 20:54 | 秋の句
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