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子の鼻梁焦げて夏山をいまも言ふ    三橋鷹女


  《 このびりょうこげてなつやまをいまもいう 》



 季題は〈夏山〉。夏の山々を幾日もかけて縦走してきて、すっかり日に焼けた我がこの顔つきは、親が言うのもおかしいのだが、何ともたくましく男らしく見える。

 作者はものごとの好悪、善悪をはっきりさせなければ気持ちが落着かない激しい気性の持主である。それに比べ、我が子ながらこの山好きの青年は物静かでのんびりしているように思える。しかし、その口からほとばしる山に対する思いは激しく情熱的である。夏山への思いを語って倦むことのない我がこのひたむきな心は、やはり我が血を引いた男子の一途さなのである。そういう作者の思いは、ますます我が子をまぶしい存在として意識せざるを得ないのである。  ( 克巳 )



 鷹女の作品に一人子陽一を詠んだものは多い。府立第4中を卒業した年にも、

 〈子の鼻梁焦げて夏野の日を跳べり〉

の句が見られる。我が子の日焼した鼻すじは、それほど印象的で好もしかったのだ。一句としては「夏山をいまも言ふ」の方が、奥行きがあっていい。夏山での日々が息子にとっていかに素晴らしかったか想像できるからだ。

 ついこの間まで子供っぽかった我が子が、急にたくましく大人びて見えるのはこんな時だ。この句からは、子がいまも熱っぽく語る夏山に想いを馳せている母親の気持ちが伝わってくる。我が子をたのもしく見上げている母親のまなざしも。同時作に、

 せせらぎを河鹿の谷を子に語らせ   鷹女 
 あはれ我が心に展け夏山河

がある。母親の幸福感が伝わってくるではないか。  ( 和子 )



 昭和14年頃の作。『魚の鰭』所収。



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by chi-in | 2013-07-10 20:57 | 夏の句
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