羅や人悲します恋をして     鈴木真砂女


  《 うすものやひとかなしますこいをして 》



 季題は〈羅〉で夏。絽、紗、透綾(すきや)、上布(じょうふ)などの薄絹で作った、透けるような単衣の着物をいう。洋服でも夏は肌が透ける生地のものを着るが、俳句の季題としては、やはり着物と解釈すべきだろう。この季題によって古風な恋のありようが思われる。

 人を悲しませる恋とは、祝福されない恋を意味していよう。恋する者同士が結ばれれば、本来は幸せであるはずだ。が、人は時には人を悲しませる恋に落ちることがある。「人」とは恋の相手かもしれないし、恋の当事者の周囲の人かもしれない。自分が恋をしたことによって、悲しむ人がいるという自覚は、罪深い自省の念にもつながる。しかし、だからといってこの恋をやめるわけにもゆかない。そこに自身の悲しみも生じる。

 この句に恋する者の表立ったときめきは感じられない。むしろ恋に落ちた者の悲しみや諦観といったものを感じる。いけないことだが仕方がない、と洩らす吐息を聞くような句だ。    
 ( 和子 )



 真砂女の最初の夫は大変好男子で、二人は人もうらやむような夫婦であったという。真砂女の父親も、愛する娘の結婚のためには財を惜しまず支度をしてやったのだが、この男は商売に行きづまったあげく失踪した。里に帰った真砂女は、やがて姉の死によってその連れ合いと再婚し、家業の旅館の女将を継ぐことになる。
 
 人を悲しませるような恋の発端は、こんなところにも由来しているのである。

 真砂女は自分の感情に忠実な人である。「人悲します」といい、「恋をして」と明言することも、彼女の潔さに負うところが大きい。自分が恋をするのであって、それによっていちばん苦しむのもまた自分なのである。  ( 克巳 )



  昭和29年作。 句集「生簀籠」所収。
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by chi-in | 2011-06-07 18:29 | 夏の句
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