てのひらに落花とまらぬ月夜かな     渡辺水巴


    《 てのひらにらっかとまらぬつきよかな 》


 季題は〈落花〉で春。月光にくまなく照らし出された桜の木。さし出したてのひらをするりと抜けては散ってゆく花びら。山本健吉は、芝居の書割(かきわり)めいた幻想美を指摘するが、たしかにその通りであろう。

 単純化された、物音のない世界。それは狂気に通じる。しきりに花びらを受けとめようとひらめく白いてのひらは、狂気をはらみながらもやさしい。まさに象徴美の世界といってよい。ついには止めることのできない「とき」のように、花びらはてのひらをすり抜けては散り続けてゆく。

 「雪月花」という言葉がある。この一句の背景があまりにも静かであるせいか、私は思わず雪の乱舞を想像してしまった。月光、そして雪と花の乱舞。やがて冷ややかな舞台に立ちつくす白装束の男。  ( 克巳 )



 さし出したてのひらに落花がとまらないもどかしさ、虚しさは、流れる水や過ぎ行く時に私たちが感じるものによく似ている。とどめたいと思えば思うほど、美しいものやいとしい時は「とまらぬ」ものなのだ。月夜の落花は、私たち日本人が最も心惹かれる情景のひとつだ。景だけを見ればたしかに芝居の書割めいた美しさではあるが、「とまらぬ」美を感じ取っているところに、生身の人間の実感、現実感があるのだ。

 水巴の作品には、
   〈 門松や月明らかに応(いら)へ無し )
   〈 さみだれのさざなみ明り松の花  〉
   〈 かんぬきをさせば月夜や松落葉 〉

などのように、型の決った端整な美しさを詠んだものが多いが、それらは刻々と移りゆき変わりゆくものである。
   〈 一本の桜吹き散る染場かな  〉
   〈 元日やゆくへもしれぬ風の音  〉
   〈 降りしきる雪をとどめず辛夷咲く  〉
  
 
 ( 和子 )


   『水巴句集』 所収。
[PR]
by chi-in | 2010-04-05 19:54 | 春の句
<< 神田川祭の中をながれけり   ... 暁や北斗を浸す春の潮     ... >>