猫の子のつくづく見られなきにけり   日野草城


  《 ねこのこのつくづくみられなきにけり 》


 季題は<猫の子>で春。猫の発情は早春に多く、<猫の恋><親猫>なども春の季題となっている。
 生れたばかりの子猫であろう。もらわれてゆくのやら、捨てられたのやら、ともかく人間というものに初めて見つめられた。「つくづく見られ」においてしばらくの間がある。この間を置いて反応を示したあたりが、何もわからない子猫らしさ、可愛らしさが出ていていい。また、そのあたりの間を、ごく自然に言いなしている点は心憎いばかりだ。
 世慣れた親猫なら、つくづく見られる前に威嚇するなり甘えるなり、ないてみせるだろう。しかし、子猫はどう応えてよいのかさえわからない。「なきにけり」にしても、かなしくなったのか、嬉しいのか、いやがっているのか、全くたよりない。わけがわからないままに、取りあえずないてみたという感じが出ている。巧まずしてこうした句が出来る点、二十代の草城の俳句形式をあやつる才の非凡さを見る思いがする。  ( 和子 )


 
 富安風生は大の猫好きとして知られていたが、

   < てのひらにのせて子猫の品定め >

という句は彼の猫の句の中でも最も人口に膾炙している句である。
 草城のこの句も、風生句に近似した内容を持つ一句である。すなわち、「つくづく見られ」は「品定め」ということにつながるだろう。
 上五の「猫の子の」の二つ目の「の」には、いわゆる切字の効果をもったきわめて軽い休止がある。この句、子猫の毛並がどうとか、色がどうとか、その容姿に関する具体的な描写は何もない。ただ、人間さまにためつすがめつ眺められて、しょうことなしに鳴き声を立てる猫の様子が見えるだけである。頭から尻っぽの先までねめ回されて、いかにもたよりなげに鳴き続ける子猫が、実にリアルに描き出されている。  ( 克巳 )


    大正初期の作。『花氷』所収。
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by chi-in | 2009-03-03 16:12 | 春の句
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