暁は宵より淋し鉦叩          星野立子



  《 あかつきはよいよりさみしかねたたき 》



 季題は〈鉦叩〉で秋。鉦叩はバッタ目コオロギ科の昆虫で、体長の二倍ほどの触角と、長い二本の尾毛が特徴である。雄は長円形で後翅はなく、雌は無翅で鳴かない。秋、雄が広葉樹下や朽葉の間で「ちんちん」と地味な、響きのない音を立てる。

 宵という時間は、まだ人と人のつながりが濃密なときである。しかし夜中を過ぎて人は皆眠りにつきそれぞれが孤独に還る。その淋しさのきわまりが暁ともいえよう。明日という近未来に対して抱くとりとめのない不安が、作者の淋しさをつのらせる。同じ鉦叩の声が、暁にはこれほどまでに心にしみ入ってくるのである。   ( 克巳 )



 この句が「ホトトギス」に発表された時、虚子は「従来のやうな明るい鏡に写しとつたやうな景色其儘―――其儘といふのは語弊がある。矢張り作者の頭の燃焼を経た景色―――を写生した句ではなくつて、作者の感情が土台になつて、其の作者の感情の動く儘に景色を描くといつたやうな句になつて来た」と評し、その作句傾向の変化を認めている。この時期に立子の句風のひとつが確立されたといえよう。

 その時の心持ちや感覚に実に忠実であり、表現は平明、しかも季題の配合に冴えがみられる。  ( 和子  )



 昭和10年作。『立子句集』所収。


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# by chi-in | 2015-10-14 20:16 | 秋の句

蕗の薹喰べる空気を汚さずに    細見綾子



  《 ふきのとうたべるくうきをよごさずに 》



 季題は〈蕗の薹〉で春。「そら豆」「蕗煮る」「烏賊を喰ふ」「青菜」「大根煮る」「菊なます」等々、綾子の作品には食べ物の句がきわめて多い。

 空気を汚さないで食べる、ということは、食べた直後に口中に残るある種の爽涼感、さっぱりとした後味をさしていうのであろう。たとえば大蒜のようなものを食べた後は、こうはいかない。口中にいつまでも匂いが残り、吐く息もまた、あたりに特有の臭さを漂わせるということになる。

 それに対して蕗の薹は、独特の苦みと香りがあり、早春の賜物というべきであろう。食後のさわやかな印象は、「空気を汚さず」という実感につながる。   ( 克巳 )



 みそ汁に蕗の薹を刻んでぱっと散らすと、春の芳香が立つ。それを口にすると口中に香が残る。早春の空気を感じる食べ物だ。「空気を汚さずに」といっているが、新たな空気が匂い立つような感じさえする。

 ものを食べるという行為は、どこか動物めいていて、肉や魚を口にする場合は、こう美しく描けるものではない。野菜や果物にしても、一口で食べられないものは、かぶりついたり、むしゃぶりついたりするということになる。その点、蕗の薹などというものは、一口で口に収まり、しかも一度にひとつかそのかけらを口にするだけで、食べたという気がする。「空気を汚さずに」ということの中に、空気を乱さぬことまで含まれていよう。

 蕗の薹を刻むと、空気に触れた部分が見る見るうちに茶色に変色してゆく。蕗の薹は空気に触れてさえ汚れてしまう山菜、というのが私の印象だ。   ( 和子 )



 昭和37年作。句集『和語』所収。


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# by chi-in | 2015-03-07 19:54 | 春の句

天平のをとめぞ立てる雛かな     水原秋桜子


  《 てんぴょうのおとめぞたてるひいなかな 》



 季題は〈雛〉で春。「ひいな」と三音に読む。天平時代の乙女が立っているようなお雛様であることよ、の意。天平のおとめとは、どんな様子なのだろう。「冠もなにもつけぬ、日常のままの天平時代の少女の立ち姿が、一尺くらいの柔らかい材に彫られ、それに淡彩を施してあった」と作者は記す。素朴な木彫雛を詠んだものであろう。何の飾りもつけていないところに心惹かれたのである。

 私はこの句に、秋桜子が京都よりも奈良にたびたび足を運び、奈良の古寺や仏像に親しんだゆえんを見る思いがする。平安時代の女性を模した豪華な雛よりも、天平のおとめの面影を見る立雛を、好もしく思う作者なのである。

 後にこの雛を買わなかったことを悔やんだと聞くが、この一句によって、雛は手元に置くよりもたしかに秋桜子のものになったといえよう。    ( 和子 )



 「ぞ」という係助詞の働きで、天平という時代に対する作者の思いと、きわめて素朴で飾り気のない立雛のありようが強調されている。木彫雛の句は大正13年に、

   遠つ世の面輪かしこし木彫雛     秋桜子
   はしきよし妹背ならびぬ木彫雛
   衣手の松の色栄え木彫雛


の三句がある。素朴な木彫の立雛は、秋桜子の心にかなっていたのであろう。

 葛飾といい、真間といい、天平といい、秋桜子には万葉時代がきわめて身近に感じられていたもののようである。その時代性ともいうべき素朴さの中ににじむような美しさに心をとめていたということであろうか。

   立雛は夜の真間にも立ちつづく      秋桜子

という句を昭和46年に得ているが、立雛という清楚な美しさを終生いとしみ続けた秋桜子の人柄が感じられる。   ( 克巳 )



 昭和3年作。『葛飾』所収。



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# by chi-in | 2015-02-12 20:20 | 春の句