カテゴリ:冬の句( 27 )

ねんねこやあかるい方を見てゐる子   京極杞陽


  《 ねんねこやあかるいほうをみているこ 》



 季題は〈ねんねこ)で冬。最近は見かけることが少なくなったが、ひと昔前まではねんねこは子育ての必需品だった。綿入れの、どてらの背中の部分がたっぷりと作ってあるような防寒着で、冬には赤ん坊をおんぶした上から着ると、とても暖かいものだったが。

 しかし、けっして見場のいいものではない。あれを着ると子育てにどっぷり浸りきって、お洒落ごころのかけらもなくなったような気がして、私自身も、止むを得ない時にしか着た覚えはない。だんだん廃れてゆくのもわかる気がする。

 それはさておき、この句の「子」は、お母さんの背中でじっとしているほどの赤ん坊。その子が明るい方を見ている、という発見は、心を和ませる。別に何を見ているというのでもない。特に心引かれる何かがあるというのでもない。しかし、さっきから見ていると、母親の動きや向きにかかわらず、自ずと明るい方へ顔をむけている。   ( 和子 )



 電車の中でも公園でも、母親に抱かれたり、乳母車にのせられたりしている幼児の眼の動きには興味をひかれることが多い。赤ちゃんがけっして暗い方を見ようとはしないのは当然といえば当然である。なぜなら、彼の眼底に何も映らないからだ。この句の赤ちゃんも、ねんねこにくるまりながら、その視線は絶えず明るい方に向けられて、何かを見ようとする。赤ちゃんの成長過程にもよるだろうが、彼らは四囲の動きを観察しているかのごときである。目に映ったものを実に入念にチェックしているようにその澄んだ瞳が動く。

 いったん彼の網膜に映った物のかたちをはっきりと認識し、記憶にとどめておこうといわんばかりの知識欲のかたまりといった小さな生き物ーーーそれが赤ちゃんだ。

 この句の子も、しっかりと何かを観察しているのかもしれない。  〈克巳 )



 昭和16年作。句集『くくたち』(上)所収。



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by chi-in | 2015-12-04 18:41 | 冬の句

山はひそかに雪ふらせゐる懺悔かな   鈴木しづ子


  《 やまはひそかにゆきふらせいるざんげかな 》


 季題は〈雪〉で冬。私たちの心には、誰もがそれぞれ原風景ともいうべきものを持っている。それは月光のあまねくさし渡った海かもしれない。涯も知られぬような枯野の景かもしれない。また、白ちゃけた岩が累々と連なる賽の河原のようなところかもしれない。心が休息を求めるとき、何か悩みごとに打ちひしがれたとき、日常の生活に疲労しつくしたとき、我々の心は、それぞれの原風景の中にかえってゆくーーーーー。

 作者の胸中にあった原風景は、皓皓と照りながら、しずまりかえる山であったのだろうか。現実の生活からはるかかけ離れたところにたたずむ聖なる山は、いまひそやかに雪を降らせている。すべての存在を浄化してなお降り続ける雪。わが一身をその前に投げ出した作者は、取り返しのつかぬ人生の悔が、やがて清浄な雪につつまれて消え去ろうとするのを感じている。

  〈 春雪の不貞の面テ擲ち給へ 〉

と、降りしきる春の雪に自らを投げ出すしづ子である。    ( 克巳 )



 この山も雪も、現実の景ではないように思える。心象風景の山だからこそ「山はひそかに雪ふらせ」といった、まわりくどい言いまわしをしているのだろう。『山にひそかに雪が降って」いるのとは違うのだ。

 下五の「懺悔」は唐突のように見えるが、くり返し読んでいると、懺悔の思いが、心の山に音もなく雪を降らせているのだという気がしてくる。自分の過去を悔い、素直にうちあけて、
大きな存在に許しを求めるといった心の過程で、心の山は黙ってひそかに雪をもたらすのである。そして、その雪に、許しを見ているのだ。そういった心象風景を思い描くことで、癒されているのだ。   ( 和子 )


  句集『指輪』所収。以下、『指輪』所収の句は句集刊行の昭和26年以前の作ということになる。



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by chi-in | 2015-01-15 22:00 | 冬の句

捨焚火寒山拾得来て育て    河野静雲



  《 すてたきびかんざんじっとくきてそだて 》



 季題は〈捨焚火〉で冬。寒山は中国唐代の詩僧、豊干禅師を師とする。仏教の哲理に通じ、文殊菩薩の化身であるといわれた。『寒山詩集』がある。一方、拾得は国清寺にいた僧で、豊干禅師に拾われた孤児ということでこの名がある。その脱俗ぶりは有名で、寒山と併称されることが多い。禅画でしばしば寒山拾得図が描かれているが、この句はその禅画の趣を強くもった作品である。

 静雲は浄土門であるが、若い時に胸を病み、闘病の意味もあって参禅したという。

 白い煙を上げて消えかかっている焚火に、寒山と拾得がやってきて再び燃え上がらせると、何やらおかしそうに笑いながら、しきりに暖をとっているのである。捨焚火の「捨」と拾得の「拾」が対になって用いられているところにちょっとした禅問答風のおもしろさがある。   ( 克巳 )



 森鴎外の短編「寒山拾得」に、二人は豊干の言葉でこのように紹介されている。「国清寺に拾得と申すものがおります。実は普賢でございます。それから寺の西の方に、寒巌という石窟があって、そこに寒山と申すものがおります。実は文殊でございます。」普賢、文殊は共に釈迦の左右の脇士で、仏の教化、済度を助けるとされている。

 拾得が寺の厨で僧どもの食器を洗い、残った飯や菜を竹の筒に入れておくと、寒山がそれをもらいに来る。むさくるしい厨の隅の竈で、痩せて身すぼらしい二人が火にあたっている。豊干に紹介された者が訪ねてくると、二人は「顔を見合わせて腹の底から籠み上げて来るような笑声を出したかと思うと、一しょに立ち上がって、厨を駆け出して逃げた」。これが鴎外描く寒山拾得像である。

 揚句は静雲描く寒山拾得像。世人の捨てた焚火を育て、心満ちた様子の二人が見えてくる。   ( 和子 )



 昭和24年作。句集『閻魔以後』所収。



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by chi-in | 2014-12-17 21:13 | 冬の句

小夜時雨上野を虚子の来つゝあらん    正岡子規


  ≪ さよしぐれうえのをきょしのきつつあらん ≫



 季題は〈小夜時雨〉で冬。「小夜」は夜の美称。冬のはじめの頃、さっと降りだしては止む雨を時雨という。

 明治29年、子規30歳の11月頃、これまで単なるリウマチ性の腰痛と考えていた病状が悪化し、静臥を余儀なくされるまでになっってしまった。その夜、虚子の来訪を待っていた子規は、この時雨の音が耳について離れない。もういつものように虚子が来る時分だ。今頃は上野あたりを歩いているだろうか。

 多くの俳句の弟子の中でも虚子は特別だった。郷里を同じくする縁もあって、虚子は誰よりも親しく感じる。このように病臥している今、何よりもうれしいのはそういう弟子との会話である。骨身を惜しまず子規のために働く母や妹では、やはりその役はつとまらないのである。  ( 克巳 )



 子規は虚子が今、自分に向かって歩いて来つつあることを感じている。虚子は誰よりも待たれている。子規の闘病生活に取材した虚子の小説『柿二つ』や、回想記『子規居士と余』などによると、病床の子規は、多くの弟子の中でも虚子が枕頭に侍ることを最も好んだ。よく虚子を呼びつけた。同じく同郷の碧梧桐でさえ、「居士は虚子が一番好きであったのだ」と言っている。

   すぐ来いといふ子規の夢明易き    虚子

 これは昭和29年の作。子規が逝って既に半世紀の歳月が経っているとは思えぬほど、精神の呼応が感じられる句ではないか。  ( 和子 )


 『子規句集』所収。



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by chi-in | 2014-11-05 20:03 | 冬の句

年忘れ老は淋しく笑まひをり     高浜虚子


  《 としわすれろうはさみしくえまいおり 》



 季題は〈年忘れ〉で冬。忘年会の席上、少し酒が入ってくると座もだんだんにぎやかになる。宴会は盛り上がってゆく。はずんだ空気の中で、この句の老人は、酒を飲むでもなく話に加わるでもなく、にこやかな笑顔を作って座っている。

 静かに微笑みをたたえて座っている老の淋しさは誰にも理解できはしない。老年というものの本質をこれほど静かに、さりげなく穿った虚子の深いまなざしに脱帽せざるを得ない。  ( 克巳 )



 虚子が提唱した「花鳥諷詠」とは自然諷詠のことだと、偏狭なのみこみをする向きがあるようだが、この言葉は、人間存在も自然界の一部と包みこんでいた信念であることを忘れてはならない。虚子ほど人間の諸相を詠んだ俳人もまた少ないのである。ほんの一例だが、

  手を出せばすぐに引かれて秋の蝶  虚子
  羽子板を口にあてつゝ人を呼ぶ
  これよりは恋や事業や水温む
  髪洗ふまなくひまなくある身かな
  襟巻の狐の顔は別にあり

 
 いたいけな幼児から娘盛り、社会に出るころ、子育て真っ只中の若い母親、気取った婦人・・・・・。それぞれの人間が虚子の作の中でなんといきいきと生きていることか。     ( 和子 )


 昭和14年作。『自選虚子句集』所収。



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by chi-in | 2013-12-11 20:57 | 冬の句

翠黛の時雨いよいよはなやかに      高野素十



  《 すいたいのしぐれいよいよはなやかに 》



 季題は〈時雨〉で初冬。この語を私は長いこと通り雨と同意に解していたが、関西に移り住んで、どこからでも低い山々を望む風土に親しむことにより、その本意を見知った思いがした。殊に京都の北山の時雨など、青空が上空に見えているのに、山にかかる雲が雨を降らし、日当たりながらきらきらと注ぐ。まさに「はなやか」の一語に尽きるのである。

 「翠黛」は本来みどりのまゆずみ。転じてみどりに霞む山の端のカーブをもいう。『平家物語』の大原御幸のくだりには、寂光院の周辺を描いて「緑羅の垣、翠黛の山、絵にかくとも筆も及び難し」とある。これによって後世、寺の谷あいの林を緑羅の垣と称し、向かいの山を翠黛山と呼ぶようになった。

 この句を鑑賞する上で、背景を寂光院の辺りとすることは、「寂光院」という前書からも、時雨という季題の本意からも、叶っていよう。   ( 和子 )



 『平家物語』の哀話で知られる建礼門院徳子が庵を結んだのが寂光院であるが、実は現在知られている寂光院は後になって営まれたものであると土地の俳人に教えられた。その近くにある本来の寂光院の跡という場所を案内されたのだが、かろうじて、庵のあとと知られるほどで、草木が生い茂るばかりであった。しかし、そのあたりの山々や谷や田んぼのありさまは、『平家物語』の昔をしのばせるに十分であった。

 『時雨』という季題を「はなやかに」というとらえ方をしたところに、この句の魅力がある。勿論、寂光院あたりの小径からの眺めである。時雨の雨が降りまさるのと同時に日差があたりを明るく照らし出す。きらきらと光る雨の糸。明と暗の美しい対比が自ずと一幅の絵巻の世界を現出する。  ( 克巳 )


 昭和2年作。『初鴉』所収。



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by chi-in | 2013-11-19 18:03 | 冬の句

塗椀に割つて重しよ寒卵       石川桂郎



  《 ぬりわんにわっておもしよかんたまご 》



 季題は〈寒卵〉で冬。寒中の卵は滋養に富むといわれ、重宝される。その寒卵を塗椀に割り落とした時の量感―――実在感といってもいい―――を、正面から詠んだ句。

 漆塗の椀に割り入れた、というところがひとつのポイント。その色は黒であっても朱であってもいい。塗椀特有の質感がそこにはある。「重し」という実感は、椀の底に溜められた漆黒の色合いが与っているかもしれない。「重し」といっても、しょせん卵の重み。この一語は大いに主観的、視覚的な印象だ。

 石川桂郎は昭和30年頃、少年の頃に病んだ肺疾患が再発して以来病気がちに過ごし、入退院をくり返す日常だった。寒卵ひとつにこめる思いも、健康な人のそれとは違うものがあったことだろう。身心が壮健な時、人は寒卵の生命力に気づかずに過ぎることが多い。    
( 和子 )



 塗椀の底にしんとしずもった寒卵の黄身の重さが、命の重さのように感じられて、作者はしばらく両の手に包みこむようにして椀のうちを覗き込んでいるのである。

 実に素直で、何のてらいもない桂郎の横顔が彷彿とする。ほんとうはこのような面が、素顔の石川桂郎という男であったのではないか、とも思われてくる。いつもは他人に演技した自分を見せている作者の姿勢が、これほどまでに自然なのは、寒卵のありがたさを真に理解していたからに相違あるまい。あるいは「寒卵」という季題そのものがもつ力が、作者をしてかくあらしめた、というべきか。  ( 克巳 )


  昭和44年作。句集『高蘆』所収。



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by chi-in | 2013-01-09 20:00 | 冬の句

冬の水一枝の影も欺かず     中村草田男



  《 ふゆのみずいっしのかげもあざむかず 》



「冬の水」は池か沼か、いずれにしても鏡のように張りつめた静止した水面。それは視覚的のみならず、感覚的にも冷たく緊張感に満ち、微塵も乱すものがない。厳しい水面である。そこに影をおとしているのは一葉だにとどめぬ枯木。冬を越すために余分なものは一切捨て去った、ありのままの骨をさらした枯枝である。その一枝一枝に至るまで、ごまかしのない影、姿を、水面に写し出しているというのである。冬こそ水も木も、一切の虚飾を捨て、偽りのない本来の相を見せる。

 絵や写真でもこの世界は表現できそうに思えるが、「欺かず」の持つ厳しいニュアンス、嘘偽りを許さず写し取る造化の鏡、といった意味あいは出せまい。冬の公園などでよく見かける景なのだが、いざ詠もうとすると、この句ある故に言葉を失ってしまうほどの存在感のある名句。  ( 和子 )



 風の全くない、鏡のような水面に、枯木の影が映っている。太い幹や枝は勿論のこと、細々と枝分かれしたこまかい部分をも、くっきりと水面に写している。その様子は、むしろ水に写った虚像の方が、実体としての木よりも真実性を帯びているかのようである。そのニュアンスを、「欺かず」という下五が適切に表現している。「欺かず」は、草田男の人となりをも窺わせる。

 この句は、「ホトトギス」の武蔵野探勝会で、虚子に従って立川市郊外に遊んだ折、普済寺という古刹での所産である。一句の景情に禅の趣を指摘する向きもある。寒気の走るような水面にくっきりと影を落として静まり返っている冬木が印象明瞭に描写された佳句である。探勝会に同行した虚子の四女の高木晴子が、「あの一句が披講された折りにお父さんが独りで唸り声を挙げていたわよ」と語ったことを草田男は自解に記している。  ( 克巳 )



 昭和9年作。『長子』所収。
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by chi-in | 2012-12-19 19:48 | 冬の句

別れ路や虚実かたみに冬帽子     石塚友二



  《 わかれじやきょじつかたみにふゆぼうし 》



 季題は〈冬帽子〉で冬。「かたみに」はお互いに、ということ。

 冬帽子を深くかぶった二人が、別れにあたってお互いに虚々実々の言を吐きつつ歩いて行くのである。また、言葉をなさないまでも、その心中に互いに本心ともいつわりともつかぬ感情を抱きながら歩を進めている状態とも考えられる。

 昭和十五年、友二は当時の「俳句研究」の編集長山本健吉の求めに応じて「方寸虚実」五十句を発表した。新人にとって破格のあつかいであったという。
  〈 方寸に瞋恚息まざり秋の蚊帳 〉
「虚実かたみに」という表現に象徴されるこの一句にはどことなく小説的な雰囲気が漂う。読者の空想をうながし、それぞれに一篇の小説の世界を構築せしめるような趣が感じられる。

 事実、友二は、昭和十七年、「文学界」に発表した短編「松風」によって池谷信三郎賞を受賞している。このことが同時に俳句作者としての石塚友二を規制することにもなるのだ。   ( 克巳 )



 「夏帽子」というと明るく眩しい光をまとっているが、「冬帽子」は暗く孤独な影をまとっている。したがってこの別れもすぐにまた会えるような別れではなく、今日別れたらもう二度と会えないであろう別れを想像させる。冬帽をかぶった男同士の別れ路とも、恋の別れ路ともとれる。

 句集『方寸虚実』には、この句の前に
  〈 肩かけの臙脂の滑り触れしめよ 〉
  〈 言いはず触れず女の被布の前 〉

が並べられている。その後の一句となると、女性との別れ路が想像できる。冬帽子の人物すなわち作者は、純情でも正直でもない。人の心の内には虚々実々がせめぎあっていることを承知している。   ( 和子 )



 昭和16年作。句集『方寸虚実』所収。
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by chi-in | 2012-11-20 20:46 | 冬の句

柚子湯して妻とあそべるおもひかな    石川桂郎



  《 ゆずゆしてつまとあそべるおもいかな 》


 
 季題は〈柚子湯〉で冬。冬至の日に、柚子の実を風呂に入れて浴する習慣がある。端午の節句の菖蒲湯などと同じで、一種のみそぎの名残りともいわれる。菖蒲や柚子の香気が、身を浄め、邪気を祓うと考えられていたのだろう。

 「柚子湯して」とは、柚子湯を立てて、の意。「柚子湯する」というと違和感があるが、連用形にすると不思議に気にならない。お風呂に柚子を浮かべて、妻と入ると、黄色い実がぷかぷかと浮かび、香りを放って楽しい。ただ湯に浸かっているだけなのに、妻と遊んでいるような心地がするーーというのである。

 柚子湯に浸った時の、ある心躍りを、「妻とあそべるおもひ」と表現して、ややエロティックな味わいも出した句。しかも柚子の香気が全体をすがすがしいものにしている。  ( 和子 )



 文字通り解釈すれば、作者は柚子を浮かべた湯ぶねにその妻と共に入っていることになる。そして、ただ入っているだけでたわむれているような思いがするというのである。しかし、私にはどうしてもこの句から妻そのものの存在が感じられない。むしろ作者は一人で柚子湯に入っている、と取った方が自然である。目の前に浮かんでいる柚子をつまみ上げたり、その肌をなでたり、鼻先に近づいて来る柚子の香りを楽しんだりしている。この句の淡白なエロティシズムは、そのように解釈することでより理解が進む。

 「柚子湯して」で一段落し、おもむろに「妻とあそべるおもひかな」と続くのであって、「柚子湯して妻と」「あそべるおもひ」であるというのではないだろう。  ( 克巳 )



  昭和29年作。句集『含羞』所収。
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by chi-in | 2011-12-07 21:03 | 冬の句