カテゴリ:秋の句( 26 )

とどまればあたりにふゆる蜻蛉かな   中村汀女



  《 とどまればあたりにふゆるとんぼかな 》



 季題は〈蜻蛉〉で秋。夫の横浜税関への転勤にともない、大阪から住居を横浜に移した頃の作品である。

 この句は、t音が基調になったやわらかいしらべの句である。その内容と相俟って、いかにも女性らしいふくよかな感性を思わせる。風に吹かれながら突堤のようなところを散策している作者を想像してみよう。ふと気がついてみると、風にのっていつの間にか蜻蛉があたりに数を増している。その数は、軽い驚きを感ずるほどの多さなのである。しばらく蜻蛉の流れの中に身を置いて佇んでいると、自分の心も秋風の中に解き放たれてゆくように感ずるのである。    ( 克巳 )



 たとえば夕方、子供を呼びに出て、原っぱにふと佇んだ時、ああもう蜻蛉がこんなにたくさん飛ぶ季節になったのだ、と気づく。またたとえば久しぶりに吟行に出かけて、いつもと違う歩調で歩き、句帳をひらいて歩をとめる。そんな時、あたりにしきりに飛び交う蜻蛉の数に今更ながら季節の移り変わりを実感する。

 「とどまれば」は歩をとめると、の意ではあるが、同時に日常生活とは異なる視点をも意味している。何か用事や目的を持ってさっさと歩いている時には目に入らない、気がつかないものが、ふと心の余裕を得てとどまってみると、目に飛びこんでくる。心が和み、視野が広がって、風に乗る蜻蛉にしばし心をあそばせる。

 誰もが体験している日常生活の中にふっと訪れる詩ごころを、そのまま詠いあげている、いわば普段着の詩。   ( 和子 )



 昭和7年作。『汀女句集』所収。



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by chi-in | 2016-09-14 19:56 | 秋の句

暁は宵より淋し鉦叩          星野立子



  《 あかつきはよいよりさみしかねたたき 》



 季題は〈鉦叩〉で秋。鉦叩はバッタ目コオロギ科の昆虫で、体長の二倍ほどの触角と、長い二本の尾毛が特徴である。雄は長円形で後翅はなく、雌は無翅で鳴かない。秋、雄が広葉樹下や朽葉の間で「ちんちん」と地味な、響きのない音を立てる。

 宵という時間は、まだ人と人のつながりが濃密なときである。しかし夜中を過ぎて人は皆眠りにつきそれぞれが孤独に還る。その淋しさのきわまりが暁ともいえよう。明日という近未来に対して抱くとりとめのない不安が、作者の淋しさをつのらせる。同じ鉦叩の声が、暁にはこれほどまでに心にしみ入ってくるのである。   ( 克巳 )



 この句が「ホトトギス」に発表された時、虚子は「従来のやうな明るい鏡に写しとつたやうな景色其儘―――其儘といふのは語弊がある。矢張り作者の頭の燃焼を経た景色―――を写生した句ではなくつて、作者の感情が土台になつて、其の作者の感情の動く儘に景色を描くといつたやうな句になつて来た」と評し、その作句傾向の変化を認めている。この時期に立子の句風のひとつが確立されたといえよう。

 その時の心持ちや感覚に実に忠実であり、表現は平明、しかも季題の配合に冴えがみられる。  ( 和子  )



 昭和10年作。『立子句集』所収。


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by chi-in | 2015-10-14 20:16 | 秋の句

鳥わたるこきこきこきと缶切れば      秋元不死男


 《  とりわたるこきこきこきとかんきれば  》



 季題は〈鳥わたる〉で秋。鳥が渡って来たことと、缶詰を切る作者の行為とは何の脈絡もないのだが、たまたま缶詰を開ける音をたてている時に、渡り鳥に気づいたという取り合わせは、どこか俳句的だ。それは句の中心をなしている「こきこきこき」という印象的な音のせいだろうかーーーー。

 この擬音語の故に、この句は不思議な朗誦性をもつ。缶切りで缶詰を開ける時、私は必ずこの句を思い出す。窓の外の空の広がりを思う。やはり乾いた秋空がふさわしい。

 同じように擬音語や擬態語の生かされている作品として、
  〈 ライターの火のポポポポと滝涸るる 〉
  〈 へろへろとワンタンすするクリスマス 〉
  〈 鳶の下冬りんりんと旅の尿 〉
  〈 退る金魚さらさらと置く首飾 〉

などがある。計算以前の感覚的な冴えを見る思いがする。   ( 和子 )



 正岡子規の句に、
  〈 柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺 〉
という作がある。これは、柿を食っていると、折から法隆寺の鐘が鳴るのが聞こえたという意味であり、柿を食ったから鐘が鳴ったというのではない。

 この不死男の句にも同様なことがいえる。俳句特有の表現である。

 戦後の食糧難の時代であるから、缶詰は貴重なものであったに相違ない。その缶詰を切る時の心の踊るようなよろこびが、「こきこきこき」という擬音にみごとに形容されている。その楽しい一時、ふと作者の視野に映ったのが、連なって飛んでゆく渡り鳥であった。    ( 克巳 )


 昭和21年作。句集『瘤』所収。


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by chi-in | 2014-10-17 20:35 | 秋の句

山を掩ふ計りの月の出にけり      松瀬青々



  《 やまをおおうばかりのつきのいでにけり 》



 季題は〈月〉で秋。〈春の月〉〈夏の月〉〈冬の月)〈寒月)など、四季を通じて月は詠まれるが、単に〈月〉といえば秋の月であるという約束事が、日本文学の伝統によって定められている。中秋の名月を賞でる風習からきたものである。したがってこの月も、澄んだ大気に大きく浮かび出んとする満月である。

 「山を掩ふばかりの月」とは、かなり誇張した表現であるが、これは月そのものの大きさのほかに、輝やかに顔を出した月の光の明るさをも表わした形容であろう。山の端に月が出て、あたりが明るくなったーーー澄明な秋の月は、そんな感じがするものである。

 月が小さく見える人は現実的で、大きく見える人は夢想家だといわれる。
 〈 月は今大顔にして野にあたる 〉
 〈 薄きるに出がけの月の大きさよ 〉

の作もある青々は、ロマンティストだったに違いない。  ( 和子 )



 少し誇張した趣が感じられるのは、この一句に、「力は山貫き、気は世を掩う」といった漢詩文のような調子が読みとれるからだろう。しかし、おもむろに山上に顔を出した月が、きわめて大きく見えるのは実感であるし、この句もそういった月のありようを詠んだ句であろう。

 青々には「西行賛」として、
 〈 月見してものつぶやける口元よ 〉
があり、また
 〈 月の中に李白・明恵もおはしけれ 〉
の作があり、明月を古人にひき寄せてみるといった句が見られる。しかし、揚句はそれとは違い、純粋に月の出の際の驚くほどの大きさを詠んだものである。そしてその大きさを山を掩うばかりと見てとったのが一句の眼目となった。

 ( 外にも出よ触るるばかりに春の月  汀女 〉
の春月の趣とは明らかに異なる、秋の満月のありようが力強く表わされている一句である。     ( 克巳 )


 昭和7年作。句集『松苗』所収。



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by chi-in | 2013-10-08 20:38 | 秋の句

ひらひらと月光降りぬ貝割菜      川端茅舎

 《 ひらひらとげっこうふりぬかいわれな 》


 
 季題は〈貝割菜〉で秋。大根や蕪が発芽して小さな葉がひらいた頃、ちょうど貝が口を開いたようなのでこの名がある。最近では「かいわれ」といって、この状態でことさら茎を伸ばしたものが薬味用に一年中水栽培されているが、この句は大根畑の景。

 「ひらひら」しているのは本当は貝割菜。しかし「月光浴びぬ」とありきたりに表現するのではなく、あたかも月光がひらひらと降るように表現している点がこの句のポイントである。否、表現上の操作ではなく、茅舎はひらひらと月光が降ると「観た」のだ。花鳥諷詠の真髄は、じっと眺め入る客観写生を通して、見えぬものをも感じ取り、十七音の器に独自の宇宙を具現することだ。こういう句を誦していると、そう思えてくる。   ( 和子 )



 「ひらひら」という擬態語を解くことが、この句の鑑賞の基本であろう。作者の視点の移動による微妙な変化により月光裡の貝割菜に、ひらひらという動きを見てとったのだと考える。それはまさに月光がひらひらと地上の貝割菜に降り注ぐごとくなのである。

 事実としては、この句、ガラス窓越しの所見という。貝割菜を「ひらひらと」と感じた第一印象が句想の核であるが、その印象を「月光降りぬ」と事実を述べるかたちで固定せしめたのである。天心の月と地上の微細なるものとの感応が茅舎の琴線に触れて生まれた一句。ラ音の多用が効果的。   ( 克巳 )



 昭和8年作。『華厳』所収。



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by chi-in | 2013-09-12 20:54 | 秋の句

流すべき流燈われの胸照らす      寺山修司


  《 ながすべきりゅうとうわれのむねてらす 》



 季題は〈流燈〉で秋。お盆の十六日に燈籠を河や海に流す風習が各地にある。これはまだ流していない、もうすぐ流す燈籠を詠んだもの。

 流すように仕立てた軽い燈籠を、水辺まで持ってきた。あたりはもう暮れている。火を点けて、水に置くまでのほんの少しの間、流燈の火が自分の胸を照らし出したというのである。

 胸もとを照らし出したほのかな火影は、流燈を手放す前のものさびしい思いを照らしたのである。その火はやがて水の流れに従って、作者の足元から遠ざかってゆく。胸はもとの暗闇に紛れる。しかし、一度照らされたもの思いは、流燈とともにほのかに水辺を漂ってゆく・・・・・。何と感傷的な句であろう。   ( 和子 )



 寺山修司の俳句のテーマとなっているのは、彼が多く書物を通して学びとってきた西欧的な美意識に裏打ちされたものであるが(たとえそれが故郷とか父、母というような土俗的な内容であっても)、この句は流燈といういかにも日本的季題がすなおに作品化された、寺山の句としては少ない部類に属する作品である。

 火を入れた流燈を抱えるようにしている作者の胸のあたりを、ゆらめく火影が照らし出す。「われの」といってはいるが、景としてはむしろ客観性が感じられる。これを、「汝の胸照らす」といってしまっては感傷的に流れてしまうだろう。その辺の工夫が見られることに注意しておきたい。

  蝶どこまでもあがり高校生貧し
  夏河に列車は車輪より止まる
  玫瑰や少年の日も沖恋し


など草田男や誓子の影響を色濃く受けながらも、揚句のような一面もさらりと覗かせた寺山であった。   ( 克巳 )




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by chi-in | 2013-08-08 20:24 | 秋の句

菊人形たましひのなき匂かな     渡辺水巴



  《 きくにんぎょうたましいのなきにおいかな 》



 季題は〈菊人形〉で秋。美しく着飾った菊人形の前に立つ作者に、ふっと菊の香りがかすめた。青白い菊人形の顔立ちは美しいが、決して生きているようには見えない。また、それだからこそ菊人形は人の心をひきつけるのである。魂がないという見方は、決して菊人形をおとしめることにはならないのだ。

 菊人形の美は、いわゆる彫刻などの芸術作品とは自ずから異なるものである。彫刻作品が生き生きとした魂をこめていなければならないのに対し、菊人形の魅力は逆に、魂のない白痴美のようなものである。現実とはあきらかにへだたりのある様式美が、菊人形の生命なのである。「たましひのなき匂」とは、菊人形の美をするどく指摘した作者の感性にほかならない。   ( 克巳 )



 顔かたちは美しいけれど、表情がないのが菊人形や雛人形。精巧に出来ていればいるほど、生命のないうつろな眼差は冷たい。それをひと言で表わすとしたら、「たましひのなき」ということになろう。しかし菊人形には、生きた菊の匂いがある。現実からかけ離れた存在に、現実感を与えているのは、この菊の香だ。匂いは、紛れもなく生きた菊の花から発している。

 最近は人形に菊を着せつける菊師が減少し、菊人形もごく一部の遊園地でしか見られなくなったが、この句が造られた昭和の初期は、秋になれば庶民が気軽に楽しんだ見世物だったことだろう。浅草に生まれた水巴には、

  〈 昼寄席(せき)に晒井の声きこえけり 〉
  〈 いささかの草市たちし灯かな 〉
  〈 ほんの少し家賃下りぬ蜆汁 〉


など、古きよき時代の市井の情趣が感じられる佳句が多い。   ( 和子 )



 『水巴句集』所収。
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by chi-in | 2012-10-15 19:55 | 秋の句

桐一葉日当たりながら落ちにけり     高浜虚子



  《 きりひとはひあたりながらおちにけり 》



 季題は〈桐一葉〉で秋。「一葉が落ちて天下の秋を知るという語は『准南子』にある。初秋、大きな桐の葉が風もなくバサリと音を立てて落ちるのをいふのである」(虚子編『新歳時記』)。

 同じ日当る景であるが、前句の大景と異なり、たった一枚の桐の落葉に当る日射である。しかもその葉が枝を離れて地に着くまでの数秒間に、裏に表に日当る様を丁寧に、スローモーションの映像のように、クローズアップして描いた句。落下はあくまでも静かでゆるやかで、空気は殆ど動かない。中七から下五へかけての悠長な調べは、それを表わしているのである。

 こういう句は、何がどうしたという内容の重みは全くない。しかし季題の本質を過不足なく言いとめ、印象の鮮やかな点、決して軽い句ではない。   ( 和子 )



 実際はほんの一、二秒の間の出来事であるけれど、この一句が何故か「永遠性」というものを読者に感じさせるのは、桐一葉という季題そのものがもつ象徴性のしからしむるところであろう。

 永遠の時空を貫いて落ちる一葉の桐の落葉。虚子の句が読者の心を打つ大きな理由として、この象徴性ということがある。単純に自然現象を写生しているようで(客観写生)、実はこの奥処にある本質に迫っているということなのである。   ( 克巳 )


 明治40年作。『五百句』所収。
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by chi-in | 2012-09-18 20:26 | 秋の句

子にみやげなき秋の夜の肩ぐるま     能村登四郎



  《 こにみやげなきあきのよのかたぐるま 》



 季題は〈秋の夜〉で秋。子供が本当にいとしくてならぬ作者は、勤めの帰りにはなにくれとみやげを用意する。みやげといっても特別に高価なものではない。あるいは通勤の途次で見つけた木の実や昆虫などが、時にはみやげのかわりになったかもしれない。

 しかし、仕事が遅くなったりして、そういうみやげも用意できない日もある。

 そんな時、思い切り高く愛し子をさし上げてやる「飛行機」や、肩車がみやげのかわりになる。

 秋の灯の下で子供を肩車して歩き回る父親と、彼の大きな肩の上で嘻々として笑う子供がありありと見えてくる。   ( 克巳 )



 長男と次男を幼くして亡くした作者にとって、二十四年生まれの三男研三は、目の中に入れても痛くない存在だったに違いない。作者には十六年生まれの長女もあるが、肩車を喜ぶのは男の子の方だ。

 いつもおみやげを欠かさない父親の帰宅に、幼な児は玄関へ走り出て行く。そんな我が子を落胆させまいと、そのまま抱き上げて肩に乗せる父親。秋の夜の室内には、濃い電灯が灯っていることだろう。家中に子供の嬉々とした声が満ちてゆくことだろう。

 〈 子とみれば雪ゆたかなる童話劇 〉
 〈 のぞみいつか子へ移りゆく牡丹の芽 )
 〈 吾子すがる手力つよし露無量 〉
 〈 今一児ほし毛糸ゆたかに手首にかけ 〉
 〈 ぶつかりくる吾子によろめく霧の中 〉


も同じ頃の作。    ( 和子 )


 昭和26年作。句集『定本咀嚼音』所収。
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by chi-in | 2011-10-12 20:36 | 秋の句

死ねば野分生きてゐしかば争へり      加藤楸邨



   《 しねばのわきいきていしかばあらそえり 》



 季題は〈野分〉で秋。台風を含む秋の強風をいう。

 この句は「述懐」という題での六句のうちのひとつ。太平洋戦争では多くの友人が戦病死した。自分はこうして生き残って俳句を作り続けているのであるが、生きているということは、さまざまな誹謗・中傷の中に身を置くことでもある。楸邨の戦時中の立場がいかなるものであったか論ずるいとまはないが、彼の行き方をいさぎよしとしない見方もあったことは事実であろう。

 死んでしまった者は地に埋められ、その上を野分が吹きすさんで行く。生き残った自分は、己の行き方を確認するために争ってゆかねばならない。

 上句の「死ねば野分」を、死者の荒ぶる魂が、野分となって吹き荒れる、というようにも取れるが、前述のように解釈した方が、下五の「争へり」との対比が生きてくるように思う。野分がいくら吹き荒れようと地に眠る死者の魂は安穏なのである。    ( 克巳 )



 私にはこの句の死者の魂が安穏とは思えない。この句が作られた時代と、句集の性格を考えに入れて味わいたい。
 
 句集『野哭』は、昭和20年5月から22年12月までの作品から成っている。この序には、「この書を 今は亡き友に献げる 火の中に死なざりしかば野分満つ 楸邨」の句が見られる。また、「『野哭』といふのは杜甫の詩にある。戦乱の世に処した嘆きの語であった」と後記にある。

 この句の死者は戦争で死ななければならなかった人々であり、この世にし残したことのある多くの友である。生きていれば出来たはずのことを、戦争によって、死によって、中途で断念せざるを得なかった人々の魂が、果たして安穏を選るだろうか。生き残った作者の耳には、吹き荒ぶ野分が、中途で倒れた人々の魂の声と聞えたのではあるまいか。   ( 和子 )


  昭和22年作。 句集『野哭』所収。
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by chi-in | 2011-09-06 20:11 | 秋の句