カテゴリ:夏の句( 27 )

さみだれのあまだればかり浮御堂     阿波野青畝


  ≪ さみだれのあまだればかりうきみどう ≫



 季題は〈さみだれ〉で夏。(五月雨)と書き、旧暦の五月に降る長雨だから、現代でいう梅雨にあたる。梅雨は時節を表わす語だが、五月雨は、降っている雨そのものをいう。

 何故ひらがな表記してあるのかを先ず考えてみたい。「さみだれ」「あまだれ」の呼応はいうまでもなく、この句の中七までは、ア行の音と、ラ行の音に満ちている。声に出して誦してみると、雨粒と雨だれの雫が見えてくる。「五月雨」という概念よりも、「さみだれ」という響きを楽しむのが、この句の味わい方なのだろう。

 浮御堂は、近江八景の一つの堅田の、湖中につき出た堂。樋がないので雨だれが直接湖水に落ちる。夥しい雨だれの音に囲まれている堂は、即ち作者でもある。その他の音は耳に入らず、その他の物も目に入らぬ世界。実際、浮御堂に立つと、湖の不思議な静けさと茫洋たる景に取り囲まれ、心が洗われる思いがする。   ( 和子 )



 芭蕉の「堅田の十六夜之弁」に元禄4年仲秋に浮御堂で月を賞でた記事が見え、

  鎖明て月さし入よ浮御堂   はせを

の句がある。浮御堂は海門山満月寺と称し恵信僧都の建立と伝え、堂内に千体仏を祀る。芭蕉の句はとざされている浮御堂の扉を押しあけて、折からの満月の光で堂内の千体仏を輝かしめよというような意である。

 芭蕉が仲秋の名月なら青畝は五月雨、片や浮御堂の四辺の風景が月光に照らされて明らかであるのに対し、こちらは雨にとざされて何も見えない状態。青畝は自注で、去来の〈湖の水まさりけり五月雨)に少しでも及びたいと思ったところからこの句を発想したとあるが、私はむしろ、青畝はひそかに芭蕉の浮御堂の句に双びたつことを念願していたのではないかと考える。   ( 克巳 )



  大正12年作。『万両』所収。



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by chi-in | 2014-05-15 20:40 | 夏の句

子の鼻梁焦げて夏山をいまも言ふ    三橋鷹女


  《 このびりょうこげてなつやまをいまもいう 》



 季題は〈夏山〉。夏の山々を幾日もかけて縦走してきて、すっかり日に焼けた我がこの顔つきは、親が言うのもおかしいのだが、何ともたくましく男らしく見える。

 作者はものごとの好悪、善悪をはっきりさせなければ気持ちが落着かない激しい気性の持主である。それに比べ、我が子ながらこの山好きの青年は物静かでのんびりしているように思える。しかし、その口からほとばしる山に対する思いは激しく情熱的である。夏山への思いを語って倦むことのない我がこのひたむきな心は、やはり我が血を引いた男子の一途さなのである。そういう作者の思いは、ますます我が子をまぶしい存在として意識せざるを得ないのである。  ( 克巳 )



 鷹女の作品に一人子陽一を詠んだものは多い。府立第4中を卒業した年にも、

 〈子の鼻梁焦げて夏野の日を跳べり〉

の句が見られる。我が子の日焼した鼻すじは、それほど印象的で好もしかったのだ。一句としては「夏山をいまも言ふ」の方が、奥行きがあっていい。夏山での日々が息子にとっていかに素晴らしかったか想像できるからだ。

 ついこの間まで子供っぽかった我が子が、急にたくましく大人びて見えるのはこんな時だ。この句からは、子がいまも熱っぽく語る夏山に想いを馳せている母親の気持ちが伝わってくる。我が子をたのもしく見上げている母親のまなざしも。同時作に、

 せせらぎを河鹿の谷を子に語らせ   鷹女 
 あはれ我が心に展け夏山河

がある。母親の幸福感が伝わってくるではないか。  ( 和子 )



 昭和14年頃の作。『魚の鰭』所収。



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by chi-in | 2013-07-10 20:57 | 夏の句

浮かびては消ゆるゑくぼや枇杷をむく       杉本 零



  《 うかびてはきゆるえくぼやびわをむく 》



 季題は〈枇杷〉で夏。枇杷は冬期に目立たない花をつけ、夏に果汁のゆたかな黄色い実を収穫する。よく熟れたカラフルな実はきれいに果皮を剥くことができる。

 この句の主人公を私は少女と見る。見方によっては成熟した美しさをたたえた女性ととれないこともない。どちらととるかは鑑賞者の好みで、解釈上はそれほどのさし障りがあるわけではない。

 真剣な表情で枇杷をむく少女ーー。その頬に笑窪が浮かんだり消えたりする。少女は唇で拍子をとりながら枇杷をむいているのだ。中途で切れないよう、きれいに皮をむくことに専念している少女の頬の、緊張と弛緩のくり返しが、可愛らしい笑窪を生じさせている。そういう少女の横顔にじっと見入る作者。その視線に気づいた少女は、にっこりと作者に頬笑みかける。ナイーブさと表現の的確さを見るべき句。    ( 克巳 )



 私もこの句は少女を描いたものだと取りたい。それは「枇杷」という季題から想起するイメージによる。初夏の果実。しかもあの細かな生毛に護られた可愛らしい形ーー、まだ口紅さえもつけたことのない初々しい少女の肌に通うものがないだろうか。

 卓を隔てて目の前に一心に枇杷をむく少女の表情を、作者は見つめているのだろう。窓には輝かしい初夏の日差しと、眩しい青葉。みずみずしい喜びに浸っている心持が伝わってくるようだ。

 大好きな苺ケーキの苺にキス
 こんがりと日焼の二重瞼かな
 花売の言葉は大人息白し
 

 これらの作品を見ると、可愛い少女に、愛情深いまなざしを注いでいた作者の純情な一面が見えてくる。自然描写よりも人物描写に、中でも女性の姿や性格を生き生きと描くこよに巧みな作者である。   ( 和子 )


 
 昭和34年作。『零』所収。



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by chi-in | 2013-06-14 20:44 | 夏の句

石楠花や水櫛あてて髪しなふ     野澤節子


  《 しゃくなげやみずぐしあててかみしなう 》


 季題は〈石楠花〉で夏。春に分類している歳時記もあるが、高山に生じる常緑灌木で、晩春から初夏にかけてつつじに似た淡紅色の合弁花をひらく。

 水櫛をあてているということは、櫛を水に濡らして髪を梳くことだから、家居の行為ではない。旅先で整髪のための何やかやが揃っていないので、とりあえず水櫛でもって髪を整えたという場面が想像できよう。季節から察するに、石楠花が咲いている高山で一泊した朝であろう。

 「髪しなふ」という表現から、弾力のあるつややかな黒髪が見えてくる。十代の頃から病臥の日々に耐えてきた作者だったが、昭和32年、精密検査の結果カリエス完全治癒の診断を得た。この句を詠んだのは40代だが、ようやくつかめた健康体の感触を、黒髪のしなやかさに自ら確かめているかのようだ。その実感を髪の手触りで表わしている点、いかにも女性の句だ。  ( 和子 )



  その子二十櫛に流るる黒髪のおごりの春のうつくしきかな

 与謝野晶子の『みだれ髪』の一首である。一方の節子は女盛りの二十歳の頃は既に病に臥していた。『乱れ髪』はその書名に象徴されるごとく、

  髪五尺ときなば水にやはらかき少女ごころは秘めて放たじ

など、女性の最も大切なものとして、髪を詠った作品が多い。

 「水櫛」といい、「髪しなふ」という語から、私は女性が水に映った自分をのぞき込みながら、髪を梳いている姿を想像する。それは一幅の絵のような趣でもある。事実としては山の別荘のようなところの洗面所での行為であろうが、我が髪のしなやかさに満足している作者自身の気持ちの中では、泉のほとりのうら若き女性になりきっているかもしれない。髪は健康のバロメーターである。すっかり健康を取り戻した節子に自ずから自信も湧いてこようというものである。  ( 克巳 )



 昭和37年作。句集『花季』所収。




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by chi-in | 2013-05-07 19:43 | 夏の句

白魚火の近きは雨のそそぐ見ゆ     皆吉爽雨


  《 しらおびのちかきはあめのそそぐみゆ 》



 季題は〈白魚火〉で春。白魚は体長10センチ足らずの細身の近海魚。その名の通り半透明の美しい姿は、淡白な味と共に賞せられる。「白魚のような指」という喩えもある。早春、河口を遡って産卵するのを狙って四つ手網で掬う。昔は佃島の白魚網が盛んで、宵の篝火は早春の一景だったというが、今は水ののきれいな所でしか見られない。この句は南紀湯浅での作で、四つ手網に灯火がとりつけられていたと自註にある。

 「近きは」の「は」は、遠くにも白魚火が見えることを表わしている。その遠くの方の火には見えない雨脚が、近い白魚火にははっきりと見てとれるというのである。闇に降る雨は見えないが、火に照らされたところだけ、それと見える。街灯でも、ヘッドライトでも、この現象は認められるが、白魚火であるところに詩情がある。嫋々たる白魚のイメージも重なれば、闇に浮かぶおちこちの火も見えてくる。しかも細かな春雨の夜である。「そそぐ」の一言もおろそかではない。    ( 和子 )



 「白魚火」とは美しい言葉である。この句は、その白魚火という詠嘆的な季題に象徴されるように、どちらかといえば短歌のもつ調べに近い韻律をもっている。作者はそういう特色を短歌の写生から学んでいるので、自註にもその経緯に触れている。水原秋桜子の句と共通する抒情性が感じられるのは、この短歌的リズムの俳句化にあることは確かであろう。

 「近きは」の「は」の用法がその特色のひとつでもあるが、一句全体から考えると、やや独立性に欠けるうらみがあることは否めない。下五「そそぐ見ゆ」で切れてはいるはずであるが、短歌でいう下の句を期待させてしまうところがある。

 これは、短歌的な発想の句に往々にして見られることであって、一句のまとまり、切れということからするとやや物足りなさがともなうことは事実であろう。   ( 克巳 )



 昭和13年作。句集『雪解』所収。




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by chi-in | 2013-02-06 20:05 | 夏の句

向日葵の蕋を見るとき海消えし    芝不器男


  《 ひまわりのしべをみるときうみきえし 》


 季題は〈向日葵〉で夏。夏の代表のような大輪のこの花は、誰にも親しい。あの強烈なイメージを視覚の遠近を強調して言葉で表現して見せた句。

 向日葵の向うに海が展けている。真夏の太陽のもと、海面はギラギラ照っている。しかし眼前の向日葵の蕋ーーーあの太陽に昂然と真向かっている顔のような部分ーーーに焦点を合わせる時、あれほど輝いていた海も視界から消えてしまうというのである。

 遠景の海を消し、眼前の向日葵の印象だけを鮮明に浮きあがらせることを選んでいながら、海も間接的に描いている手腕は見事。こういわれると向日葵の強烈な花の精が、海を背景に負ったまま意志的に迫ってくるから不思議だ。光彩の豊かな句。

 思い切りのよい叙法は若さ故であろうか、あるいは二十七歳で世を去った不器男の本質であったかもしれない。対象の軽重を見分ける眼力が、若くして彼には備わっていた。  ( 和子 )



 映画の手法で、それまで近景、中景そして遠景と均一的に写っている画面が、突然近景のある一つのポイントに焦点が合わさって、遠景や中景がにわかに消去されるという場合がある。この不器男の一句も、まさにその映像的手法を俳句に用いたものである。「蕋を見るとき」というところでズーミングが行われているということになろうか。いままでこのような意識的な手法を俳句にもたらした例があるかどうかわからないが、俳句と写真の共通点についてはよくいわれることである。

 つまりある対象にピントをしっかりと合わせることで背景をぼかし、いっそうその対象のもつリアリティーを強調しようとする方法で、この写真と共通する手法自体は、意識するしないにかかわらず一般的に行われている。ただ、不器男の一句がそれと違うのは、動きがあるということで、映画のように動きのある画面でのズーミングによる手法だということなのである。  ( 克巳 )


  大正15年作。『不器男句集』所収。
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by chi-in | 2012-08-05 13:23 | 夏の句

目つむりていても吾を統ぶ五月の鷹     寺山修司



  《 めつむりていてもあをすぶごがつのたか 》



 季題は〈五月〉で夏。「鷹」は冬の季題ではあるが、この句の場合、わざわざ「五月の鷹」という性格づけをしている。この「五月」も、日本の伝統的な「さつき」ではなく、西欧の詩人が「なべての蕾花とひらく いとうるはしき五月のころ」と歌った「五月」であろう。

 詩ごころが湧き、若き血が騒ぐ五月。木々の青葉が輝き、風薫る五月。若者の胸に羽搏くものがある。何をしていてもその存在が今の自分を支配している。「五月の鷹」は、肉眼で見えるものとして描かれているのではない。若者の心に思い描くあこがれの象徴として、表現されているのだ。自分の自由を奪われるほどにあこがれやまぬ雄々しきものの象徴として。
 
 この句でひとつ気になるのは、表現は文語であるのに、表記は現代仮名づかいである点だ。無論、作者は意図的にこうしたのだろうが、私には和楽器の楽譜を五線譜と音符で表記するような違和感があって、どうもなじめない。  ( 和子 )



 最初の作品集である『われに五月を』の序詞として「五月の詩」が巻頭に掲げられている

 「・・・二十才、僕は五月に誕生した/・・・いまこそ時 僕は僕の季節の入口で/はにかみながら鳥たちへ/手を上げてみる/二十才 僕は五月に誕生した」 

 寺山が実際に生まれたのは昭和十年十二月十日(『俳文学大辞典』)であるから、この詩の五月誕生とは彼の詩人としての出発と見るべきであろう。しかし、その死が昭和五十八年の五月(享年四十七歳)であることを思うと、寺山にとって五月とは誕生であり涅槃であったともいえるだろう。

 この句、「目つむる」の主語は、作者とも鷹とも考えられる。しかし、作者が目をつむるととると、鷹そのものが見えてこない。たとえ檻の鷹でもよいのである。瞑目しているにもかかわらず作者の胸には、大空を飛翔する鷹が印象される。その静かさゆえに、いっそう作者の憧憬をかきたてる鷹のありようなのである。  ( 克巳 )



 
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by chi-in | 2012-05-09 21:08 | 夏の句

一生の楽しきころのソーダ水    富安風生


  《 いっしょうのたのしきころのそーだすい 》


 季題は〈ソーダ水〉で夏。いわゆる炭酸系の清涼飲料を幅広くいう。現代では自動販売機で缶入りのものがどこでも手軽に飲めるが、この句の場合は喫茶店風景であろう。下に行くほど細くなる、底の深いしゃれた感じのグラスに、薄緑色の液体が泡を立て、それを飲んでいるのは娘たち。

 十代後半から二十代にかけての娘等が話しているのは、他愛のないことどもだ。いわゆる「箸が転げても可笑しい年頃」。それを「一生の楽しきころ」と表現しているところに、作者の年齢と、やさしいまなざしと、懐かしさとが感じられる。一生がほぼ見えてきた年代にしかいえない言葉である。

 当の少女達は、今が一番楽しい時期だとは思っていない。試験だってあるし、友人関係の悩みも尽きない。将来に対する不安も抱いている。しかし、その頃をとっくに過ぎてしまった作者から見れば、あの年頃は人生に何の屈託もなく、面白いことが沢山あったと、懐かしく思われるのだ。  ( 和子 )



  〈 娘等のうかうかあそびソーダ水 〉 (昭和8年) 

という星野立子の句がすぐ思い出される。風生の句は、ソーダ水を吸い上げては何やらひそひそと話をしては笑い声を立て、また内緒話を続けている少女達を、ある年齢を過ぎた大人の目から見たものであるが、立子の句には同性としての反省がちょっぴり加味されている、といえよう。

 若い時には、無条件で楽しいことが確かにあった。それはもともと健康で若さがあり、恐れる何ものもなく、忍従すべきこともない時代であったからなのだ。そう思うことができるのは、それ相応の経験を経ないと無理な話なのかも知れない。  ( 克巳 )


 昭和22年作。 『朴若葉』所収。
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by chi-in | 2011-08-05 20:40 | 夏の句

羅や人悲します恋をして     鈴木真砂女


  《 うすものやひとかなしますこいをして 》



 季題は〈羅〉で夏。絽、紗、透綾(すきや)、上布(じょうふ)などの薄絹で作った、透けるような単衣の着物をいう。洋服でも夏は肌が透ける生地のものを着るが、俳句の季題としては、やはり着物と解釈すべきだろう。この季題によって古風な恋のありようが思われる。

 人を悲しませる恋とは、祝福されない恋を意味していよう。恋する者同士が結ばれれば、本来は幸せであるはずだ。が、人は時には人を悲しませる恋に落ちることがある。「人」とは恋の相手かもしれないし、恋の当事者の周囲の人かもしれない。自分が恋をしたことによって、悲しむ人がいるという自覚は、罪深い自省の念にもつながる。しかし、だからといってこの恋をやめるわけにもゆかない。そこに自身の悲しみも生じる。

 この句に恋する者の表立ったときめきは感じられない。むしろ恋に落ちた者の悲しみや諦観といったものを感じる。いけないことだが仕方がない、と洩らす吐息を聞くような句だ。    
 ( 和子 )



 真砂女の最初の夫は大変好男子で、二人は人もうらやむような夫婦であったという。真砂女の父親も、愛する娘の結婚のためには財を惜しまず支度をしてやったのだが、この男は商売に行きづまったあげく失踪した。里に帰った真砂女は、やがて姉の死によってその連れ合いと再婚し、家業の旅館の女将を継ぐことになる。
 
 人を悲しませるような恋の発端は、こんなところにも由来しているのである。

 真砂女は自分の感情に忠実な人である。「人悲します」といい、「恋をして」と明言することも、彼女の潔さに負うところが大きい。自分が恋をするのであって、それによっていちばん苦しむのもまた自分なのである。  ( 克巳 )



  昭和29年作。 句集「生簀籠」所収。
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by chi-in | 2011-06-07 18:29 | 夏の句

草花にあはれ日のさす出水かな    原 石鼎



   《 くさばなにあわれひのさすでみずかな 》



 季題は〈出水〉で夏。さしもの雨風もようやくおさまり、雲間から日差さえこぼれてきた。
 
 無残にへし折られた枝々、上流から流されてきたさまざまな漂流物、そういう雑多なものが眼前に散らばっている。

 作者はそういう出水の景の中で、水から少し頭を出している小さな草花に着目した。まことに頼りなげな草花ではあるが、出水にじっと耐えて、水が引くのを一途に待っているようにも思われる。その草花に薄日がまるで恩寵のようにも差しわたっているのである。

 「あはれ」とは古い表現でありながら、むしろ我々の目に新しい。それは出水の中でふるえながら可憐に生をつないでいる草にさす日差が、真に心を動かすからである。俳句の古い新しいは、用いられている語句の古い新しいではなく、感動そのものの深浅にかかわるものである。   ( 克巳 )



 草花に日のさしている光景の中に、思わず口をついて出た語のように「あはれ」を挿入してある点がいい。心打たれた光景であることが素直に伝わってくるからだ。「あはれ」には様々な意味があって、情趣がある、なつかしい、しみじみと心ひかれる、といった古語から、現代語のかわいそう、悲しいに近い意味まで、日本語の中でも最も幅広い意を含む語のひとつである。が、根本は、ものに感動して発する声であろう。

 この一語にこめられた思いは、路傍の草花にも目を止め足を止める人にしかわからない。出水の濁流のほとりに花をあげている小草の情に心をやる人にしかわからない。俳句という文芸には、そんなところがあるのである。   ( 和子 )



  大正8年作。『花影』所収。
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by chi-in | 2011-05-09 20:37 | 夏の句