万緑の中や吾子の歯生え初むる   中村草田男

「万緑」は王安石の「万緑叢中紅一点」が出典で、この句によって夏の季題として認められた。この語、草田男の第三句集の題名にもなり、その主宰誌の名でもある。生涯の代表句といえよう。    

この句の素晴らしさは、我が子の歯が生えはじめたという、いわばごく個人的な現象を、生命力讃歌の句に昇華させた点にある。子育て最中の親にとって、赤ん坊に初めての歯が生えたということは、その順調な発育ぶりが目に見えて確認できる最初の発見なのである。折りしも世の中はすべての緑が濃くなってよくころ。我が子の生命力の証しを見た思いと、万物の伸びゆく勢いとが相俟って、お互いに祝福しているかのようだ。地上のすべての生命の喜びが「万緑の中や」に謳歌されている。 <和子>     



一つの季の言葉を発見し、それを定着させることの困難なことを思うとき、この一句の存在はきわめて大きな意義を持つといえる。    

四囲のものすべてが緑に充たされている中に、我が子の白く小さな歯が生え始めたよろこびは、父親として格別なものである。早くから西洋的自我という考えにめざめていた草田男にとって、自分の最愛の娘に小さな歯が生え始めたことは、森羅万象にも匹敵するほどの喜びなのである。それを何のためらいもなく詠いあげたところに、草田男俳句の天真爛漫さがある、原点の緑と赤の対比が、この句では緑と白に置きかえられているわけである。 <克巳>
          昭和14年作 『火の鳥』所収
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by chi-in | 2005-05-15 00:00 | 夏の句
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