言ひつのる唇美しや春寒く     日野草城



  《 いいつのるくちうつくしやはるさむく 》



 季題は〈春寒し〉で春。主人公は作者の妻か、それとも関わりのある女性か(情況の設定はいかようにも考えられるのだが)、何かおさまらないことがあるかして、言葉に怒気を含んで言いつのる。あるいは男の不実をなじる女の体かも知れぬ。

 女は、男の馬耳東風然とした態度にいっそういらだってまた言いつのる。男の視線は半ば相手の言葉を無視しつつ、赤く美しい唇にのみひきつけられている。まるでそこだけ違う生き物のようにも感じられる女の朱唇の美しさ。

 多くの女性を句の題材とした草城の意識下には、この句に見られるような唯美的傾向が見られるように思う。これは一歩ふみ外すと女性蔑視ともうけとられかねない心の動きなのである。「春寒く」という下五がそれをかろうじて救っている。   ( 克巳 )



 この美しい唇は作者に向けられている。今まで抑えていたものを声高に主張しはじめた女の言葉は、とどまるところを知らない。言葉少なにしている時より、この方がずっと生き生きしていて、色っぽい、と男の目は楽しんでいる。男のそんな点こそ、じつは女が最も歯痒く思っていることなのだが。

 「春寒く」は、男女の間に流れている深い溝の存在を、男がどこかに感じているのを暗示しているようだ。草城の若い頃の作品には、こうしてた艶っぽい句が多くみられる。

  < 春の夜や顔あまやかす牡丹刷毛 >
  < 嵩もなう解かれて涼し一重帯 >
  < 後れ毛をふるはせて打つ砧かな >
  < 淡雪やかりそめにさす女傘 >
  < つれづれの手のうつくしき火桶かな >
  < 手袋をぬぐ手ながむる逢瀬かな >


 若い男の軽快な遊び心が書き散らした、という感がないでもないが、大正から昭和の初めに若々しい新風を送ったことも事実。    ( 和子 )


 『花氷』所収。



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by chi-in | 2016-02-15 20:09 | 春の句
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