ねんねこやあかるい方を見てゐる子   京極杞陽


  《 ねんねこやあかるいほうをみているこ 》



 季題は〈ねんねこ)で冬。最近は見かけることが少なくなったが、ひと昔前まではねんねこは子育ての必需品だった。綿入れの、どてらの背中の部分がたっぷりと作ってあるような防寒着で、冬には赤ん坊をおんぶした上から着ると、とても暖かいものだったが。

 しかし、けっして見場のいいものではない。あれを着ると子育てにどっぷり浸りきって、お洒落ごころのかけらもなくなったような気がして、私自身も、止むを得ない時にしか着た覚えはない。だんだん廃れてゆくのもわかる気がする。

 それはさておき、この句の「子」は、お母さんの背中でじっとしているほどの赤ん坊。その子が明るい方を見ている、という発見は、心を和ませる。別に何を見ているというのでもない。特に心引かれる何かがあるというのでもない。しかし、さっきから見ていると、母親の動きや向きにかかわらず、自ずと明るい方へ顔をむけている。   ( 和子 )



 電車の中でも公園でも、母親に抱かれたり、乳母車にのせられたりしている幼児の眼の動きには興味をひかれることが多い。赤ちゃんがけっして暗い方を見ようとはしないのは当然といえば当然である。なぜなら、彼の眼底に何も映らないからだ。この句の赤ちゃんも、ねんねこにくるまりながら、その視線は絶えず明るい方に向けられて、何かを見ようとする。赤ちゃんの成長過程にもよるだろうが、彼らは四囲の動きを観察しているかのごときである。目に映ったものを実に入念にチェックしているようにその澄んだ瞳が動く。

 いったん彼の網膜に映った物のかたちをはっきりと認識し、記憶にとどめておこうといわんばかりの知識欲のかたまりといった小さな生き物ーーーそれが赤ちゃんだ。

 この句の子も、しっかりと何かを観察しているのかもしれない。  〈克巳 )



 昭和16年作。句集『くくたち』(上)所収。



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by chi-in | 2015-12-04 18:41 | 冬の句
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