天平のをとめぞ立てる雛かな     水原秋桜子


  《 てんぴょうのおとめぞたてるひいなかな 》



 季題は〈雛〉で春。「ひいな」と三音に読む。天平時代の乙女が立っているようなお雛様であることよ、の意。天平のおとめとは、どんな様子なのだろう。「冠もなにもつけぬ、日常のままの天平時代の少女の立ち姿が、一尺くらいの柔らかい材に彫られ、それに淡彩を施してあった」と作者は記す。素朴な木彫雛を詠んだものであろう。何の飾りもつけていないところに心惹かれたのである。

 私はこの句に、秋桜子が京都よりも奈良にたびたび足を運び、奈良の古寺や仏像に親しんだゆえんを見る思いがする。平安時代の女性を模した豪華な雛よりも、天平のおとめの面影を見る立雛を、好もしく思う作者なのである。

 後にこの雛を買わなかったことを悔やんだと聞くが、この一句によって、雛は手元に置くよりもたしかに秋桜子のものになったといえよう。    ( 和子 )



 「ぞ」という係助詞の働きで、天平という時代に対する作者の思いと、きわめて素朴で飾り気のない立雛のありようが強調されている。木彫雛の句は大正13年に、

   遠つ世の面輪かしこし木彫雛     秋桜子
   はしきよし妹背ならびぬ木彫雛
   衣手の松の色栄え木彫雛


の三句がある。素朴な木彫の立雛は、秋桜子の心にかなっていたのであろう。

 葛飾といい、真間といい、天平といい、秋桜子には万葉時代がきわめて身近に感じられていたもののようである。その時代性ともいうべき素朴さの中ににじむような美しさに心をとめていたということであろうか。

   立雛は夜の真間にも立ちつづく      秋桜子

という句を昭和46年に得ているが、立雛という清楚な美しさを終生いとしみ続けた秋桜子の人柄が感じられる。   ( 克巳 )



 昭和3年作。『葛飾』所収。



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by chi-in | 2015-02-12 20:20 | 春の句
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