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浮かびては消ゆるゑくぼや枇杷をむく       杉本 零



  《 うかびてはきゆるえくぼやびわをむく 》



 季題は〈枇杷〉で夏。枇杷は冬期に目立たない花をつけ、夏に果汁のゆたかな黄色い実を収穫する。よく熟れたカラフルな実はきれいに果皮を剥くことができる。

 この句の主人公を私は少女と見る。見方によっては成熟した美しさをたたえた女性ととれないこともない。どちらととるかは鑑賞者の好みで、解釈上はそれほどのさし障りがあるわけではない。

 真剣な表情で枇杷をむく少女ーー。その頬に笑窪が浮かんだり消えたりする。少女は唇で拍子をとりながら枇杷をむいているのだ。中途で切れないよう、きれいに皮をむくことに専念している少女の頬の、緊張と弛緩のくり返しが、可愛らしい笑窪を生じさせている。そういう少女の横顔にじっと見入る作者。その視線に気づいた少女は、にっこりと作者に頬笑みかける。ナイーブさと表現の的確さを見るべき句。    ( 克巳 )



 私もこの句は少女を描いたものだと取りたい。それは「枇杷」という季題から想起するイメージによる。初夏の果実。しかもあの細かな生毛に護られた可愛らしい形ーー、まだ口紅さえもつけたことのない初々しい少女の肌に通うものがないだろうか。

 卓を隔てて目の前に一心に枇杷をむく少女の表情を、作者は見つめているのだろう。窓には輝かしい初夏の日差しと、眩しい青葉。みずみずしい喜びに浸っている心持が伝わってくるようだ。

 大好きな苺ケーキの苺にキス
 こんがりと日焼の二重瞼かな
 花売の言葉は大人息白し
 

 これらの作品を見ると、可愛い少女に、愛情深いまなざしを注いでいた作者の純情な一面が見えてくる。自然描写よりも人物描写に、中でも女性の姿や性格を生き生きと描くこよに巧みな作者である。   ( 和子 )


 
 昭和34年作。『零』所収。



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by chi-in | 2013-06-14 20:44 | 夏の句
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