冬の水一枝の影も欺かず     中村草田男



  《 ふゆのみずいっしのかげもあざむかず 》



「冬の水」は池か沼か、いずれにしても鏡のように張りつめた静止した水面。それは視覚的のみならず、感覚的にも冷たく緊張感に満ち、微塵も乱すものがない。厳しい水面である。そこに影をおとしているのは一葉だにとどめぬ枯木。冬を越すために余分なものは一切捨て去った、ありのままの骨をさらした枯枝である。その一枝一枝に至るまで、ごまかしのない影、姿を、水面に写し出しているというのである。冬こそ水も木も、一切の虚飾を捨て、偽りのない本来の相を見せる。

 絵や写真でもこの世界は表現できそうに思えるが、「欺かず」の持つ厳しいニュアンス、嘘偽りを許さず写し取る造化の鏡、といった意味あいは出せまい。冬の公園などでよく見かける景なのだが、いざ詠もうとすると、この句ある故に言葉を失ってしまうほどの存在感のある名句。  ( 和子 )



 風の全くない、鏡のような水面に、枯木の影が映っている。太い幹や枝は勿論のこと、細々と枝分かれしたこまかい部分をも、くっきりと水面に写している。その様子は、むしろ水に写った虚像の方が、実体としての木よりも真実性を帯びているかのようである。そのニュアンスを、「欺かず」という下五が適切に表現している。「欺かず」は、草田男の人となりをも窺わせる。

 この句は、「ホトトギス」の武蔵野探勝会で、虚子に従って立川市郊外に遊んだ折、普済寺という古刹での所産である。一句の景情に禅の趣を指摘する向きもある。寒気の走るような水面にくっきりと影を落として静まり返っている冬木が印象明瞭に描写された佳句である。探勝会に同行した虚子の四女の高木晴子が、「あの一句が披講された折りにお父さんが独りで唸り声を挙げていたわよ」と語ったことを草田男は自解に記している。  ( 克巳 )



 昭和9年作。『長子』所収。
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by chi-in | 2012-12-19 19:48 | 冬の句
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