外にも出よ触るるばかりに春の月      中村汀女

 


  《 とにもでよふるるばかりにはるのつき 》



 外に出てごらん、触れるような近さに大きな春の月が出ているよ、と呼びかけている句。家の中にいる子供達にであろうか。

 出たばかりの春の月は、黄色くて大きい。その近さ、美しさに驚いた作者は、すぐさま奥に声をかけた。「来てごらん、きれいなお月さまよ」。雨戸を閉めるところだったのだろうか。窓辺の母の許に家族の顔が集まる。

 暖かな春の満月の夜。人が幸せを実感するのは、こんな時ではないだろうか。きれいなもの、貴重な時を共有しているという思いが、家族ひとりひとりの心を温める。どこの家でもありそうな情景、どこのお母さんでも口にしている言葉、どこの子供達にも覚えのある体験。それ故に懐しい。家族がみんな揃って夕食を食べるような時期にしか、こういうこともないのだから。  ( 和子 )



 長い戦争がやっと終って、新しい気持でみたされている詩人の心の弾みが、思いがけない近さにかかった大きな春の月に触発されて一句をなした。自注によれば、ある集まりからの帰り際に見た春月を詠んだ句で、まだ残っている仲間に向かって呼びかけたものという。女性特有のゆたかな情念に普遍性があり、自分と心を同じくするものへの広い呼びかけとも感じとれる。

 まだ夜気は冷たいが、家並の上にぽったりとのぼった月は、まさに春そのものの光をたたえている。「触るるばかり」というとらえ方にも、女性特有の感受性がみられよう。 ( 克巳 )


  昭和21年作。『花影』所収。
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by chi-in | 2012-03-16 20:24 | 春の句
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