《 はるさむやぶつかりあるくめくらいぬ 》 季題は〈春寒〉で春。鬼城にはこうしたあわれな小動物や、生き物の老残の姿がことさら目にとまり、心にかかったものと思われる。 こうした興味の持ち方は類想を呼びやすく、「世界が極めてせまい」「句の調子の低さ」(山本健吉評)といった批判も受けた。しかし、一作者の一生涯の代表句の陰には、あまたの類想があって然るべきだと私は思う。そうした存在に目も心も注いでいたからこそ、残る一句も得られたのだ。 この句は「春寒」の季題に救われていることを味わいたい。春寒の感じを、雑踏の中を人々にあるいは立木に、町なかの雑多な物にぶつかりながらも歩いてゆく盲犬の姿を描くことによって表現しているのだ。 ( 和子 ) この句の盲犬は、いろいろなものにぶつかりながら歩いている。どこか目的があるのだろうか、はた目にはただ歩き回っているようにも思われる。おそらく成犬になってから何かの原因で失明してしまった犬に相違ない。 すべての弱い立場の生物に、己の生きざまを投影してそれを作句のテーマとしたのが鬼城俳句といえる。そのような句の中には、作者の感情が浮き上がってしまって、第三者に感動を与えるまでに昇華していない作品が多いことは否定できない。しかし、多くの類想句のなかから際立った佳品を取り出し得たとき、類想句の山は、それで大きな意味をもつのである。 ( 克巳 ) 大正6年作。『鬼城句集』所収。 by chi-in | 2012-02-08 19:15 | 春の句
|