人気ブログランキング | 話題のタグを見る

暁や北斗を浸す春の潮        松瀬青々


  〈 あかつきやほくとをひたすはるのしお 〉


 季題は〈春の潮〉。しかも「春は曙」と昔からいわれている一日のうちで最も美しい時刻の潮である。「北斗」は北斗七星の略。暁け方の空に残っているこの星が、海に沈まんとしている景をこう詠んだ。父の故郷、能登での作。
 一句の調べがまことに雄大で、大景を描くのにふさわしい。暁の春潮に、北斗星が傾いているとか沈みかけている、と表現すると、夜の終りが強調されてしまうが、中七の表現によって、朝の潮の漲ってくる力を感じるから不思議だ。
 空はまだ暗い。星が見えているくらいだから。しかし、東方にはすでに暁のほのぼのとした明りがさしている。海にはひたひたと朝の満潮が始まっている。天地の変化の気配、緊張感といったものが、この句から感じとれる。
 自然界に漲る力を感受し得たのは、作者の心身が若く、敏感で、緊張感に満ちていたからだ。二十代の頃の作。        ( 和子 )



 この句の特色は、まず「暁や」という上五の置き方にある。「暁の」というように「の」を用いてもよいところであるが、そうすると一句は棒のようになってしまう。調べが一本調子となってしまい、小さな句柄に変ってしまうのである。気宇壮大といった内容にそぐわないものになってしまうところだ。
 次に、表現上「浸す」という動詞の働きが大きい。「北斗を没るる春の潮」などという言い方もできそうであるが、それでは暁の春潮が次第に満ちてくる趣は表現できないだろう。大景の叙法としてまことに適切な表現をとっていること、作者のいまだ二十代であることを考えると、虚子がこの作者に注目していたことも理解できよう。
 なお、「斗」、「す」「の潮」といずれもhの音ではじまる単語を連ねて、一種のリズム感をなしている。    ( 克巳 )


   句集 『妻木』 (明治38年刊) 所収。
by chi-in | 2010-03-17 20:16 | 春の句
<< てのひらに落花とまらぬ月夜かな... 昃れば春水の心あともどり   ... >>